十日程経って、漸く僕は寝台から出ることが出来た。久々に寝間着から服に着替える。きっちりと身支度を調えると、何処となく気分が良かった。 　朝食を摂る為にダイニングルームに向かうと、父の声が聞こえた。何処か苛立った様子の声に、僕はつい足を止めてしまった。 「全く、情けない」 「そうですわねえ。でも、可愛くもありますわ」 　苛立ち交じりの父の声に答えたのは、おっとりとした母の声だ。 「腹が立たないのかね？　あの後どうするかと思えば、十日も経っているのに何もなしだ」 「でもねえ。ドラコも漸く体調が良くなってきたところですもの。これからじゃありませんこと？」 　そう答えた母の声は何処か楽しそうだ。それから、鈴を鳴らしたような母の笑い声が聞こえた。 「あなた、なんだか期待なさっているようですわ」 「そ、そんなことは……。ただ、こうなってしまった以上は……」 「ルシウス。そろそろドラコが来ますわよ」 　母が澄ました声でそういうと、父がうむ、と短く答えて言葉を止めた。母の言葉に、僕は慌てて歩を進めた。 「おはようございます」 　ゆっくりと開いた扉を通り、振り向いた両親に挨拶をする。父はうむ、と小さく頷きを返し、母は柔らかに微笑んで挨拶を返した。 　お二人は、何の話をしていたのだろう？ 　当然の様に、両親も何事も無かった様にしている。疑問を押し隠し、僕は朝食を摂った。 「具合はもう良いの？」 「はい。御心配をお掛けしました」 「そう。それは良かったわ。顔色も、大分良くなったわね」 　母がそういうと、またもや朝食の席には沈黙が訪れた。父は先程から頑なに沈黙を守っている。両親の様子を窺いつつ、話題の見つからない僕は沈黙を守るしかなかった。僕の今一番の関心事はハリーがどうしているかで、その話を両親にするわけにはいかない。三ヶ月間も魔法界を離れ、更に十日間も臥せっていたので、世情にも疎くなっている。結局その日は、母と僕とで当たり障りの無い会話を交わしながら朝食を終えた。 　自室に戻ると、僕はまずその日届いた新聞に目を通した。どうやらハリーは未だ魔法界に戻ってきていないらしい。最近行われた魔法省絡みの式典に欠席した理由は病気の為と書かれている。その新聞を机の上に置き、僕は次の新聞を手に取った。こっそりと手に入れたゴシップの類ばかりの新聞を開くと、品のない紙面が目に入った。記事を流し見、ハリー・ポッターの名前を探す。バックナンバーを纏めて送らせた為束になっている新聞に次々目を通すと、ゴシップ記事の中に埋もれてハリーの名前があった。見出しは「魔法界の英雄が失踪」だ。さる有力者の令嬢との婚約を噂されていた英雄は、内密の恋人と駆け落ちした、とある。更に関係者や友人の言葉とされるものが面白おかしく書かれている。僕は眉を顰めた。駆け落ちは、強ち間違っていない。それが信憑性の低い新聞に書かれていることに安堵すると、次の新聞を手に取った。 　結局二時間程費やして判ったのは、ハリーは未だに魔法界に戻ってきていないということだけだった。 　彼はまだ、マグルの世界に居るのだろうか？ 　不安を湛えた瞳で見上げてくるハリーの姿を思い出し、僕は唇を噛んだ。 next

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