- 君を連れて　Side H - 　雨は激しさを増している様だった。雨音しか聞こえない。自分の声すらも掻き消されてしまいそうだ。 　小さなフラットの扉の前で立ち止まり、傘に付いた雨粒を払う。それから僕は古惚けた扉を押し開けた。フラットの中は外観から想像するよりは小奇麗だ。物がない所為か、狭さもそんなには気にならない。 　玄関に傘を立て、音を立てない様に部屋に入る。部屋の中は出掛けた時と変わらず、酷く静かだ。壁に隔てられてくぐもって聞こえる雨音だけが、変わらず存在を主張していた。荷物をテーブルに置き、狭い居間を抜けて寝室の扉を開ける。古い扉は、反抗する様に小さな音を立てた。 「……お帰り」 　音を立ててしまったことに眉を顰めていると、寝台の方から声が聞こえた。顔を上げると、彼が身体を起こそうとしているのが目に入った。 「御免。起こしちゃった？」 　言って、寝台に歩み寄る。枕を整えて彼の身体を寄り掛からせると、彼が小さく笑みを浮かべた。 「いや。雨音が凄いから……。随分濡れたな。シャワーを浴びて身体を温めた方が良い」 「うん。熱は……まだ微熱があるね」 　彼が僕の濡れた服に眉を顰め、その彼の白い額に手を当てて僕が眉を顰める。 「僕はシャワーを浴びてくるから。まだ眠っていて」 「もう平気だ」 「駄目だよ、無理しちゃ。シャワーを浴びたらスープを作るから、そしたら起きれば良い」 　言って、彼の額に口付けを落とす。細い白金の髪を梳き、白い頬から細い顎までの線をなぞると、彼の熱が冷えた指に伝わった。やはり未だ熱い。 　心配そうな顔をしていた所為だろうか。素直に言うことを聞いて彼がまた寝台に横になる。彼を寝かしつけ、僕は浴室に向かった。 　シャワーのコックを捻る。冷たい水がノズルから噴出すと、漸くして温かな湯に変わった。雨音が、シャワーの音に掻き消される。身体が温まる感覚に、僕は息を吐いた。 　僕と彼が魔法界から姿を消したのは、二ヶ月前のことだ。英雄に祭り上げられ利用されることに疲れ、煩わしさから逃れる様にマグルの世界に足を踏み入れたのは。 　魔法省は、今までの不手際を誤魔化す為に祭り上げている英雄の素行には敏感だった。僕としては彼の家のことで密かに取引をしていた魔法省にわざわざ喧嘩を売る真似は出来なかったし、彼の家の方も魔法省の大事な飼い犬に関わって悪意ある噂や無用な関心を誘うことは避けたい様だった。要するに、僕たちが親しくすることを喜ぶ人間は皆無だったということだ。それは友人たちの間でもそうで、ハーマイオニーは私的なことにはあまり口を出さなかったが、ロンは明らかに僕が彼と会えない事に安堵していたし、彼との関係を知っている人たちは皆口にこそ出さないがロンと同じ様に考えている様だった。 　彼の方はどうだったのだろう？　恐らく、彼の方も状況は同じ様なものだっただろう。彼はそれについて皮肉めいたことしか言わなかったが、会うときに酷く慎重になっていたことを思えば容易に想像がつく。そもそもが、旧家の一人息子である彼が男と付き合っているという時点で、その両親に僕が歓迎される要素は欠片もない。 　その状態から抜け出したくて、ある時ふと、僕は彼をマグルの世界に誘った。不安だったのかもしれない。 　何故頑張った僕が恋人と会うことも儘ならないのかと不満を口にする僕に彼は肩を竦め、それでも差し出した手を迷わず取ってくれた……。 next

　

書き始めは２００６年１０月２１日だそうです。で、一通り書き終わったのがつい先日５月某日。お、遅っ（笑）。 ハリー編はわりと直ぐに書き終わったのですけど、ドラコさん編が書き終わらなかったのですよね。 ドラコさん側が書き終わらないとなんだかこっ恥ずかしくて載せられん、と思っていたのですが、 どうやら完結できそうなので連載開始致します。 どんなものでもどんとこい、という素敵な方、暫く御付き合い頂けると幸いです。

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