「ドラコ。スープが出来たよ。食べられる？　起きられそう？」
　寝室の扉を開けてそう問うと、彼が寝台の上で身体を起こした。身体が冷えない様に上着を羽織らせる。彼に手を貸しながら寝室から出ると、僕は彼を食堂の椅子に座らせた。彼と椅子に座ってテーブルで食事をするのは一週間ぶりだろうか。熱いスープを差し出すと、彼がゆっくりとした所作でスプーンを手にした。
　彼が体調を崩しだしたのは、マグルの世界に来て一月程経った頃だった。……もしかしたら、僕が気が付けなかっただけで、もっと前から彼は具合が悪かったのかもしれない。幼さと、品の良い大人びた面を併せ持っていた彼は、ヴォルデモートの件を境に幼さが抜け、感情を隠すのがとても上手くなってしまったので。
「美味しい？」
「……ああ。お前、変なところで才能があるな」
「役立つとこって言ってよ」
　拗ねた風を装えば、彼が小さく笑う。
「おかわりは？」
「いや、いい。ご馳走様」
　言って、彼がスプーンを置く。彼が口にしたのは、ほんの一杯のスープだけだ。
「休む？」
「平気だ。寝てばかりだと厭きる」
「そう？　寒くないようにしてね？」
　そう言って彼の上着を整えると、僕を見上げて彼が笑った。滑らかな白金の髪を梳き、白い額に口付けを落とす。
「随分と過保護になったな？」
「あれ、知らなかった？　昔からだよ？」
「ああ。そうだったな」
　言って、彼がまた笑う。何も言わずに、彼が横に立つ僕に寄り掛かり、僕もやはり、何も言わずに彼を抱き止めた。
　雨音が、静かな室内に響く。触れた箇所から互いの熱が伝わる。それを逃がさない様に、僕は彼を抱く腕に力を込めた。
　それは酷く穏やかな空間で、僕はほんの少し、怖くなる。
　ふと、腕の中の彼が身動ぎをした。それから小さく咳き込み始め、僕は慌てて彼の背を擦った。
「大丈夫？　ベッドに……」
「……いい。平気だ」
「それじゃ、せめてソファに……」
　言って、彼を抱き上げる。痩せた身体を運ぶのは、悲しいくらい容易い。男が抱き上げられることに抵抗があるのか、以前は抱き上げ様とする度に咎めていた彼は、今では何も言わない。そう。以前なら、彼は色々な事に文句を言い、揶揄する様に話し、皮肉めいた風に目を細めていたのに……。
　彼をソファに下ろすと、僕は毛布を彼の膝にかけた。彼の傍らに膝を付いて毛布を整えていると、彼の手が僕の頬に触れた。
「ドラコ？」
　問う様に首を傾げ見上げると、彼が笑みを浮かべた。彼が、まるで子供に対する様に僕の頭を撫でる。僕は頬の熱が高まるのを感じた。僕は、そんなに不安そうな顔をしていたのだろうか？
　どうやって誤魔化そう。固まったまま、しかし頭の中では忙しなくそう考えていると、頭を撫でているドラコの手が段々と乱雑になってきた。まるで髪を鳥の巣にしようとしているかの様だ。
「……それでなくともぐちゃぐちゃなんだからさあ」
　些かな避けない声を出してみる。僕を見下ろしているだろう彼が、小さく笑ったのが判った。そのまま、顔を隠す様に彼の膝に顔を埋める。彼の手が、優しく髪を梳き始めた。
　雨音が聞こえる。僕の世界には今、彼と僕しか居ない。それはずっと望んでいたことの筈なのに、何故か僕は、嬉しさよりも他の感情を覚えていた。彼の腰に腕を回し、子供の様に抱き締める。その感情を振り払うように、僕は彼の鼓動に耳を澄ました。


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