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眠っている彼の髪を梳くと、細い白金の髪が白い額の上を流れた。彼の髪に触れる。彼の頬に触れ、輪郭をなぞる様に頬から顎、細い首筋へと指を滑らせていく。長い白金の睫は、ぴくりとも動かない。細い肩、細い腕、細い指。力の抜けた指に自分の指を絡め、白い指先に口付けを落とす。それから僕は動かない瞼の上に口付けを落とした。 「ごめんね」 呟いた謝罪の言葉に、勿論返答の言葉はない。僕は彼の上体を起こすと厚手のローブを着せ、彼の痩躯を抱き上げた。 寝室を出て、居間のソファに彼を抱えたまま腰を下ろす。凭れさせた彼の顔が首筋に当り、温かな息が肌に当たった。抱き締める身体は温かい。 「……ごめんね」 もう一度、謝罪の言葉を口にする。 眠る彼の顔を、しっかりと目に焼き付けた。 誰もいない部屋は酷く静かだ。もう、何処を探しても彼は居ない。あやす様に背に回される腕はなく、出迎えてくれる人も居ない。 終わりは、こんなにもあっけないものなのだろうか？ 約束の時間に、彼と同じ白金の髪をした人物は無言でここを訪れた。僕は何も言えなかった。一体何が言えるだろう？ 結局温室の花は温室でしか生きられない。雑草がいくら一緒に居たいと駄々を捏ねて連れ去っても、温室の花は枯れてしまう。枯れてしまったら、もう元には戻らないのに。 「温室に、帰すしかないじゃないか」 冷たい寝台の上に転がって、僕は自分に言い聞かせる様に小さく呟いた。そう。僕は綺麗な花が大好きで、一緒に居たいと願ったけれど、枯らせてしまいたいと思ったわけじゃない。 「雑草だけなら、どんなところでも生きていけるさ」 誰も居ない部屋で、小さく声に出してみる。きっとそうなのだろう。事実、彼が居なくても僕は食事をし、睡眠を取り、生きている。生きていればお腹は空くし、眠くもなるのだ。 「ただ、独りに戻っただけ……」 目を閉じて息を潜めると、室内は何の音もしなくなった。ゆっくりと呼吸を繰り返す。 ―――ここには、誰も居ない。 耳を澄ますと、微かに雨音が聞こえた。どうやらまた雨が降り出したらしい。暖房も点けていない室内で、僕は雨の音を聞き続けた。 彼が居ないなら、部屋を温かくする必要はない。彼が居ないなら、温かい食事は必要ない。彼が居ないなら……。 ゆっくりと目を開ける。眦から、涙が零れた。 置いていかれるのが恐ろしくて、結局、僕は逃げたのだ。彼の為にもそうするのが良いと自分に言い聞かせ、彼を薬で眠らせて、彼に内緒で彼の両親に連絡して、彼の承諾も得ずに彼を魔法界に帰した。だって、他にどうすれば良かったというのだろう？ 僕は彼に生きていて欲しかった。僕は、彼に置いていかれたくなかった。だからああするしかなかった。あれで正しかったんだ。……でも。それでも。 「……淋しいよ」 心の中で、彼の名前を呼ぶ。雑草だって、何もなくて生きていけるわけじゃない。太陽の光も、水も必要で……。 「僕には君が必要なのに。これから、どうすれば良い？」 返答があるわけがない。それでも、答えを求めて僕は声に出してみる。 ―――だって、僕はもう、この静寂に耐えられない。 next |