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小さな音息を立てて眠るドラコを眺め、ハリーは息を吐いた。微笑を浮かべ、柔らかな髪を梳く。 せめて気持ちよくさせられただろうかと、ハリーは目の前の秀麗な顔を眺めた。手の平で白い身体に触れ、滑らかな肌の上を滑らせる。しっとりと吸い付く様な感触が心地好い。 ハリーは苦笑を浮かべた。恐らく、快楽を覚えたとしてもドラコにとっては屈辱でしかないのだろう。勿論、ドラコがどう考えているかはハリーには知り様がない。対等ではない関係は、ドラコの主張を悉く封じていた。 顔を上向かせ、軽く唇に触れる。口付けを落としながら、ハリーは自分の愚かさを笑った。 ハリーはドラコのことが好きだった。いがみ合い、罵り合っているうちに、ハリーはドラコが自分だけを見ている事に気が付いた。それからはあっという間だった。彼は誰よりも自分を見ている。そのことが、酷く心地好かった。掛けられた言葉に嘲りを込めて言葉を返す。そうすれば、彼は益々自分を見る。そして、屈辱に歪んだ顔も悔しさに潤んだ瞳も、自分だけが彼から引き出せるものなのだ。 歪んだ独占欲を抱いたまま、ハリーはその感情が何かをずっと知らないでいた。気が付いたのは、既に友人にすらなれなくなった頃だった。 一年程前の、ある晴れた日のことだった。廊下を歩いていたハリーは、見慣れた白金を見つけて後をつけた。その時は一人でいて暇だったということもあり、特に何かを考えていたわけではなく、見慣れた姿に好奇心が微かに刺激されたのだった。ドラコの隣を歩いている人物と面識は無かった。レイブンクローの生徒であることだけは制服から判ったが、それだけだ。 木の陰で耳を欹てると、レイブンクロー生がドラコに告白している声が聞こえた。好きだというあまりに簡潔な告白に、ドラコは顔色一つ変えなかった。そして、返した言葉もまた酷く簡潔だった。 「僕には家を継ぐ義務があり、パートナーは女性しか有り得ない」 聞こえてきたその声に、ハリーは酷く失望を覚えた。そのことに、ハリーは狼狽したのだった。 彼から向けられる強い感情は、愛情にはなりえない。 その事実に気が付いて、ハリーは自分に困惑した。彼に対する独占欲の正体が、突然はっきりしてしまったのだ。そして、漸く自覚した自分の望みが叶うことがないことも同時にはっきりしてしまった。 自分の感情に気が付いても、ドラコに対する態度を変える事は出来なかった。自分が彼に恋愛感情を抱いていると知られたら、彼の態度は変わってしまうだろう。罵りあい、傷付けあうときだけがハリーがドラコを独占できる時間なのだ。 優しくしたいと思った。優しくして、愛情という強い感情を返して欲しかった。そして、同様に強い感情を向けたかった。けれどもそれは有り得ない。だから、ハリーは独占できる時間を手放せなかった。 ハリーはそうしている間に、多くの人間がドラコに告白しているのを目にしていた。女生徒はやんわりと、男子生徒は冷たく拒絶されていく。彼が誰のものにもならないことが、ハリーにとっては慰めだった。誰がどんなに思いを伝えようと、自分だけが彼にとっての特別なのだ。 その日、凝りもせずにドラコに告白したのは、体格の良いグリフィンドールの生徒だった。いつも通りの告白。いつも通りの拒絶。いつもと違ったのは、そのグリフィンドール生があっさりと引かなかったことだった。 乱暴な手が彼の細い手首を掴む。色の薄い冷ややかな瞳が狼狽の色を浮かべ、やがて微かに怯えを見せた。遠くから眺めていたハリーが慌てて後を追った時には、ドラコはそこから姿を消していた。怯えを含んだ拒絶の声が微かに聞こえ、ハリーは急いで声のした方に走った。人気の無い廊下に立ち、隠し部屋の位置を記憶の中から引きずり出す。細工を弄り、部屋の入り口を擦り抜けて更に奥の部屋に向かうと、ハリーは声のする部屋の前に立った。扉の隙間から室内を覗き込むと、ドラコが石の床に組み敷かれているのが見えた。両手を頭上で縛られ、力強い手で動きを封じられている。白い足首を、大きな手が掴んだ。 恐怖という強い感情を彼が抱いて居るのが判った。無骨な手が白い肌の上を滑り、嫌悪が彼の表情に表れる。 ハリーは苛立ちと、怒りと、そして羨望を覚えた。 目の前のグリフィンドール生は、自分と違い彼に思いを伝えることが出来る。そして、彼に触れてすらいるのだ。 ハリーは微かに開いていた扉を更に開くと、苛立ちを押さえて自分の存在を主張する様にそれを二度軽やかに叩いた。 「それって強姦って言うんじゃない？」 扉をノックする形のまま手を止めて、軽蔑の表情を浮かべたまま二人を見下ろす。涙に濡れた瞳がハリーを見上げたが、ハリーは視線をグリフィンドール生から外さなかった。 「ハ、ハリー。これは……その……」 「マクゴナガル教授には言わないよ」 狼狽するグリフィンドール生に先手を打つ。扉に向かって顎をしゃくると、グリフィンドール生が慌てて衣服を整えた。それからハリーの視線から逃れる様に部屋を出て行く。その姿が見えなくなるまで、ハリーは冷ややかな視線を外さなかった。 静まり返った部屋で、ハリーは冷たくドラコを見下ろした。 剥き出しになった白い肌は、透き通る様だ。黒いローブの間から白く細い脚が覗く。細い首筋が、羞恥に紅く染まっていた。 「随分と良い格好じゃない？」 目を細めてそう言うと、ドラコの顔が益々赤みを増す。強い瞳で睨まれて、ハリーは薄く笑った。後ろ手で扉を閉め、しっかりと施錠する。 「……グリフィンドールは気が狂っている」 憎憎しげに吐き捨てられた言葉に、ハリーは喉の奥で笑った。 全く、その通りだ。 「そんな格好で、随分と強気だね？」 「……何が言いたい？」 「別に。でも、もっとしおらしくするべきじゃない？ だってさあ、あのドラコ・マルフォイが男に襲われて泣いてたなんて、黙っているには随分と労力が必要だよね？」 御丁寧に、相当固く結ばれているらしい。赤と金のネクタイは彼の手首を戒めたままだ。彼は懸命に解こうとしているが、それはドラコの白い手首に紅い痕を残すだけだった。 「……だから？」 「口止め料を貰おうかと思って」 言って、冷たい床に座ったままのドラコを見下ろす。ハリーが膝を付くと、ドラコが咄嗟に身体を引いた。強い力で掴まれた為に紅くなっている足首を掴む。左足を持ち上げられ、肘で支えることも出来ずにドラコが床に転がった。白い太腿を撫で上げる。膝裏に手を添えて脚を大きく開かせると、ドラコの震えが伝わってきた。 「……強姦と、言うのじゃないのか？」 「違うよ。合意でしょ？ それに一人としたなら二人としても一緒じゃない。孕むわけじゃなし」 「未遂だ！」 「へえ、そう。じゃ、僕がお初か。光栄だね」 心の中で安堵して、ハリーが笑みを浮かべる。恐怖にドラコが震えているのが判った。 これを逃したら、二度と彼に触れる機会は無い。 その思いが、ハリーの理性を凌駕した。始めて見る白い肌が更にハリーを煽る。触れた肌は滑らかで、その感触に鼓動が跳ねた。ハリーは忌々しい手首の拘束を外すと、紅い手首に口付けた。 「大丈夫だよ。黙っててあげるから。僕は誰にも言わない。勿論君のお父さんにも、スネイプにも。……君が口止め料を払うならね」 耳元で優しく囁き、白い耳朶を軽く噛む。ドラコの口から拒絶の言葉は出なかった。 父親のことを言えば彼が狼狽し、冷静な判断を下せなくなることをハリーは知っていた。そしてスネイプに軽蔑されることを示唆すれば彼がそれを恐れるだろう事も。 ドラコにしてみれば、それは知らないグリフィンドール生に犯されて吹聴されるか、憎んでいるグリフィンドール生に犯されて弱みを握られるかの差だっただろう。 「どっちがましだったんだろうね？」 囁いて、ハリーはドラコの頬を撫ぜた。恐らく知らないグリフィンドール生を相手にした方がましだったのではないだろうか。その後、ドラコは幾度となくハリーに呼び出された。用件はいつも同じだ。会話らしい会話もなく、ただハリーに抱かれる。それはドラコにしてみれば屈辱以外のなにものでもないだろう。 話がしたかった。しかし、穏やかな会話など出来る筈が無い。気持ちを知られてしまえば、ドラコの中のハリーの位置付けが代わってしまう。彼はハリーを理解出来ない、する必要のない人間として認識し、興味を失ってしまうかもしれない。ハリーに対する強い感情は軽蔑に、そして更には無関心に取って代わられるだろう。 自分は嫌がらせの延長で、性欲の捌け口として彼を抱くのだ。そうでなければいけない。例えそれが憎悪であっても、彼が自分に関心を抱き続ける様に。 ハリーは白い額に掛かった白金の髪を掻き揚げると、優しく口付けを落とした。 next |