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ハリーは薄暗い部屋で時計に目を向けた。彼はいつも時間に正確だ。几帳面な彼は、しかし、なるべくハリーとは居たくないのだろう。約束の時間ぎりぎりにやってくる。 彼は渡した昼食を食べただろうか。 ハリーは小さく息を吐いた。君のことが心配だ。それでなくても細いのに食事を抜かしては身体に良くない。ドラコを思い遣る言葉は容易く浮かぶが、それが声になることはない。もしそれを伝えたら彼はどんな顔をするのだろう。そう考えて、都合の良い自分の想像にハリーは小さく笑みを浮かべた。彼が自分から向けられる好意を喜ぶなど有り得ない。 約束の時間の一分前に、隠し部屋の扉がゆっくりと開いた。冷たい空気が、扉の隙間から暖かな部屋に入り込む。ドラコはハリーを見ることなく、静かに部屋に入って来た。 「こんばんは」 余裕の表情を貼り付けて声を掛ける。ドラコは何も応えずに離れた位置で歩みを止めた。 「昼、ちゃんと食べた？」 「……ああ」 応えて、彼が溜息を吐く。心臓が、小さく跳ねた。彼はあの行動をどう思っただろうか。何を言うのが一番自然だろうか。ハリーは緊張に喉を鳴らした。 「君、ちゃんと食事摂らないと。それでなくとも細いんだからさ」 「……そうだな」 「触り心地が悪いんだよね。骨が当って痛いし」 もしも自分が彼の事を好きなのだと知られたら、軽蔑されてしまう。軽蔑されて、そして彼は自分を見なくなる。それならいっそ、憎まれた方が良い。ハリーの口から心にもない言葉が零れる。焦りと虚しさがハリーを襲った。 「……そうか」 言って、ドラコがまた溜息を零す。 沈黙が訪れた。ハリーは居た堪れなくなり、ソファから立ち上がるとドラコの頬に手を伸ばした。 白い肌から顔を上げてハリーがドラコの顔を窺うと、彼は窓の外を眺めていた。まるでハリーがここに居ないかの様に、ぼんやりと虚ろな目を窓の外に向けている。 心が手に入らないのなら、身体だけでも。ふと、そんな台詞が脳裏に浮かんで、ハリーは口の端を上げた。 ―――莫迦みたいだ。 心の中で自分を笑いながら、ゆっくりと白い肌に口付けを落とす。丁寧に愛撫を加えると、冷たい肌が段々と熱を帯びてくる。ドラコが小さく声を漏らした。羞恥に頬が紅く染まる。ハリーは小さく笑みを浮かべた。 ―――心が、手に入れば良いのに。 白金の髪を優しく梳くと、色素の薄い瞳がハリーに向けられた。最近では滅多に向けられることのない瞳に、ハリーの心臓が跳ねる。ハリーが無言で見返すと、ドラコは諦めた様に目を伏せた。 ―――優しくできれば良いのに。 伏せた瞼の上に口付けを落とす。自分の行動がドラコを傷付けていると自覚しながら、ハリーはそう思った。そう望みながら手放せない自分は、酷く愚かなのだろう。こうなってしまったのは、全て自分の所為だ。今となっては、行為の間だけが彼に関わることの出来る時間で、日常の彼は決して自分を見ない。そのことが淋しかった。そしてそれ故に、行為がドラコの身体にどれ程の負担を掛けるのだろうと気遣いながら、ハリーは呼び出しの頻度が増すのを止められなかった。 ―――歪んだ関係は、いずれは終わる。 ハリーはまるで壊れものを扱う様に、優しくドラコに触れた。 next |