呼び出しの手紙が届いたのは、前回からたった三日後のことだった。昼間に派手にロンと罵り合いをした後で、流石のハリーも今日ばかりは優しく抱く気はないかもしれない。
　ドラコは手紙を燃やすと、時計に目を向けた。呼び出しの時間までは二時間ある。課題を済ませてしまおうかとも思ったが、ドラコは早々に指定の隠し部屋に行くことにした。どうにも身体が重い。課題をするには頭が働きそうになく、身体を休ませるには二時間では足りないかもしれない。眠ってしまったら、約束の時間に起きられる気がしなかった。
　指定の隠し部屋に行くと、ドラコは重い身体をソファに凭れさせた。煌々と暖炉の火が燃えているというのに寒気がする。ローブの間をかきあわせ、ドラコは身体を縮こまらせた。酷く寒い。
　柱時計が深夜の時を告げる。約束の時間までまだ一時間以上あった。
　―――早く終わらせて、開放してくれ。
　ドラコはそう願ったが、ハリーは現れもしない。ドラコは耐えられなくなり、ソファに横たわり目を閉じた。

　重さを感じてドラコは目を覚ました。誰かが自分に圧し掛かっている。暗闇の中を凝視すると、ハリーの黒髪が目に入った。
　どうやら寝台に運ばれた後らしい。そして、これからいつもの行為が始まるのだろう。
　―――嫌だ。
　強くそう思ったが、ドラコは強張った身体から力を抜いた。自分に、選択肢は無い。
　ハリーの手が優しく髪を梳き、唇を重ねられる。ハリーの舌が入り込み、ドラコの口に何かを押し込んだ。一度離れた唇が、再度重ねられる。流れ込んできた液体を、ドラコは素直に飲み込んだ。
　身体がだるかった。いつもの様にハリーを受け入れたら、壊れてしまいそうだ。
　ドラコは重い瞼を押し上げた。そして目にした不思議なものに、ドラコは首を傾げた。緑色の瞳が、心配そうに自分を見ている。ハリーの手がドラコの両の頬を包んだ。ハリーの顔が近付いてくる。
「……い……やだ」
　ドラコはハリーの身体を弱弱しく押し返した。驚いた様にハリーの目が見開かれる。ドラコは咄嗟に身を竦めた。拒否してはいけない。諦めて力を抜くと、ドラコの目から涙が溢れた。
　ハリーの顔がまた近付いてくる。ドラコが諦めた様に目を閉じると、ハリーの額が自分の額に押し当てられた。冷えた肌が心地好い。
「……やっぱり熱いね。気分は？」
　驚いて目を開くと、自分を見下ろしているハリーと目が合った。
「……良くない。良くないから、僕は……」
「ん？」
「僕は……したくない」
「うん」
　優しく頷くと、ハリーがドラコの瞼を手の平で覆った。促されるままに目を閉じる。
「僕は、したくない」
「大丈夫、しないよ。……ごめんね」
「僕は……」
「うん。……君は、嫌いなんだよね？」
「痛いのは、嫌いだ」
「……気持ちよくは無い？　少しも？」
　柔らかなハリーの声が聞こえる。ドラコは逡巡し、否定の形に首を振った。
「……そう」
　ドラコはおかしいと思った。ドラコの拒絶をハリーが怒らない。ハリーが優しいのは、自分を女性の代わりに扱うときだけなのに。ドラコに優しいハリーなど有り得ない。
　多分、これは夢なのだろう。
　そう思い至って、ドラコは納得した。それならば、ハリーが優しいのも当然だ。
「……女性の代わりに抱かれているのだから、気持ち良いのはおかしい」
「代わり？」
　何処か驚いた様な声が聞こえる。ドラコは驚かれたことに困惑した。それ以外に、何があるというのだろう。
「同性同士の生殖行為の真似事に、それ以外の理由はない」
「……同性愛者を否定するの？」
「別に。そういう趣向の人間を否定はしない。でも、君が僕を抱くのにそれ以外の理由は有り得ない」
「……有り得ない……かな？」
　何処か淋しそうな声がする。ドラコは段々と思考が纏まらなくなってきた。なぜだかとても眠い。その眠気を手助けする様に、ハリーの手が柔らかくドラコの髪を梳く。その手を、何故かドラコは心地好く感じていた。
「……有り得ない。……だって、本当の君は僕が嫌いだ」
「本当の？」
　不思議そうな声がする。ドラコはなんだか笑いたくなった。自分の夢の中のハリーなのに、どうやら彼はドラコの事などさっぱり判らないらしい。
「だって、君は夢の中のポッターだろう？　本物は、僕には優しくない」
「……どうかな。そうかもしれないね。……君は、優しいハリーの方が良い？」
「さあ？　……ああ、でも。今の君は好きかもしれない」
「……好き？　で、でも、君は男は恋愛対象にならないんだよね？」
　本当に、夢の中のハリーは可笑しい。ドラコのことを理解していないし、変なことを訊いてくる。
「当然だろう？　僕は家を継がなくてはならない。父上は、僕に失望されているけれど……。でも、きっと、血を継いで行くことなら僕でも出来る筈なんだ」
　自分に言い聞かせるように言うと、ドラコはハリーの手に擦り寄った。
　父が自分を見限らないのは、血を継いだただ一人の子供だからだ。ルシウスには他に子供が居ない。もし居たらと考え、ドラコは身震いした。この血以外に、自分には価値がない。もし他に子供が居たとしたら、ルシウスはあっさり自分を見限っていただろう。
「ドラコ？　大丈夫？」
　ハリーの手がドラコの髪を撫ぜる。心配そうな声に、ドラコは嬉しくなった。目を開けると、心配そうに自分を覗き込んでいるハリーが居て、そのハリーに向かって手を伸ばす。温かな身体に腕を回し、ドラコは笑みを浮かべた。
「……僕は、優しい君の方が良い」
「……ドラコ？」
　問い掛ける様な声には答えずに、ドラコは甘える様にハリーの肩に額を擦り付けた。ハリーにとって、ドラコの血に価値は無い。家柄にも価値は無い。そのハリーが自分を見ていて、そして優しい。まるで、ドラコ自身に価値があるかの様に。
　伝わってくるハリーの鼓動が早い。その音が心地好い。ハリーの手が髪を梳き、背を撫ぜる。ドラコは安堵した様に眠りに落ちていった。


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