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用があるから、と言い残し離れていった親友を見送り、ハリーは眉を顰めた。 最近のロンは変だ。昼休みや放課後など、彼が一人で何処かに行くようになってからもう二週間になる。 ちょっと用事、としか言わない彼がどこに行くかを、ハリーは知らなかった。調べようと思えば調べられるのだろうが、透明マントや忍びの地図を親友相手に使おうとは思わない。親友であるのだから、使うわけにはいかない。 「何の用なのかしら？」 「さあ。……誰かと待ち合わせかなあ」 自分と同様に首を傾げているハーマイオニーに害のない返事をし、ハリーは再び寮に向かって歩き出した。 最近変といえば、マルフォイもだ。 ハリーは不快に眉を顰め、床を睨み付けた。相変わらず顔を会わせれば必ず嫌味や皮肉を投げてはくるが、最近はその頻度が減った様な気がする。偶然会う回数が、極端に減ったのだ。 「ハリー？」 「え？ 何？」 「どうかしたの？ 怖い顔して」 考え事に没頭していたハリーは、掛けられた言葉に思わず両頬に手を当てた。 「うそ。そんな顔してた？」 「してたわよ。……そんなに隠し事されるのが嫌？」 言って悪戯っぽく笑ったハーマイオニーは、どうやらロンの行動にハリーが不機嫌になったのだと思ったらしい。 「そりゃ、ちょっと淋しいけど。そういうハーマイオニーこそ、気になるんじゃない？」 「私はそんなに詮索好きじゃありません。それより私は図書室に行くけど、ハリーも行く？」 この話は打ち切り、といった風にハーマイオニーが話題を変える。そのさっぱりとした態度に、気にならないのかな、とハリーは首を傾げた。どうやらハーマイオニーはロンより本らしい。 「いや、僕は寮に戻るよ」 「そう？ ちゃんと予習はするのよ。課題も」 「あー。まあ、ぼちぼちとね」 乾いた笑いで誤魔化すハリーに小さく笑い、ハーマイオニーは軽く手を振って図書室に向かって歩き出した。 残されたハリーは、最早隠すこともなく不機嫌をその顔に貼り付けた。 マルフォイが、最近あまり突っ掛かってこない。 ロンやハーマイオニーに言わせれば平和で良い事なのだろうが、ハリーは不満だった。ドラコとの嫌味や皮肉の応酬が、今ではハリーの欲求を満たす様になっていたからだ。 ―――僕を見て。僕に構って。……僕だけを見て。 幼い頃から居ない者、邪魔な者として扱われ続けた自分のその欲求が、酷く身勝手なものだという自覚はある。だからこそ、ロンやハーマイオニーでは駄目なのだ。彼らに知られるわけにはいかない。日々増大するその感情をドラコにぶつけ発散する事で、自分は二人からその感情を隠すことが出来るのだ。 悔しさに頬を染め、睨み付けてくる彼の顔を見るのが好きだった。それはきっと、叔父の一家が魔法に触れて狼狽える様を嘲笑うのと同じ様な感情なのだろう。その様は、奇妙にハリーを満足させる。 もしかして、彼の自分に対する関心が薄れたのだろうか？ ふと思い至った考えに、ハリーは苛立ちを覚え手近な壁に拳を強くぶつけた。無視され、居ない者として扱われるのは、ハリーのもっとも嫌いとするところだった。そんなことは、許せない。今まで散々絡んできたくせに、今更突然態度を変えるのか。 ―――僕は、ここに居るのに。 遣り場のない感情が湧き上がる。ハリーは不満に唇を噛んだ。 寮から出ようと談話室を通った瞬間掛けられた声に、ロンは甚く間の抜けた表情で振り返った。 「は？」 「だから、デートなのって」 「何それ？ 誰が？」 果たしてどこからそういう話になったのかと、ロンは怪訝そうな様子を隠しもせずに聞き返した。声を掛けたハーマイオニーの方は、そのロンの態度に納得がいかなかったらしい。 「フレッドとジョージが言ってたの。あれはきっと可愛い子ちゃんとでーとだって。そうなの？」 首を傾げて訊ねられ、ロンは一気に頬を紅く染めた。 「あー。本当なんだ」 「ち、違っ」 「いいのよ。隠さなくても」 ロンの言葉を遮って、ハーマイオニーが納得したという様に頷く。 「違うって！」 「ほら、遅れちゃうわよ」 懸命に否定するロンを再度遮り、ハーマイオニーが壁に掛かった時計を指差した。時計に目を向けて、ロンは髪を掻き毟った。 「ああ。もう。だから、違うんだって！ 無責任なあの二人の発言信じないでよ！」 そう言い残し、ロンは急いで寮から出た。廊下を早足に歩きながら、再度髪を掻き毟る。それから紅く染まった頬を軽く叩いた。しかし、自分の意思とは無関係に紅く染まった頬の熱は、そう簡単に治まってくれそうにない。 こっそりと会っている相手はドラコなのだから、デートであるわけがない。しかし、ハーマイオニーの言った可愛いという言葉が、ロンの動揺を誘った。まるで自分の考えを見透かされた様だと思えたからだ。ドラコの事を可愛いと思ったのは実は一度や二度ではない。そして、そう思う度に何か恥ずかしいような何とも言えない感情に襲われているのだ。不意打ちを食らわせてきたのがハーマイオニーだということも、追い討ちを掛けていた。 ―――選りにも選ってハーマイオニーに。 ロンは顔を紅く染めたまま、同様に赤い髪を乱暴に掻き毟った。 隠し部屋に入ると、ドラコは既にそこに居た。ソファーの上で膝を抱え、ぼんやりと空中に視線を投げている。 ドラコが泣いていたのは、初めて隠し部屋で会った時だけだった。その後もハリーと衝突した後はよくこの隠し部屋で膝を抱えているが、泣いているところをロンは見たことがない。そのことが、却ってロンを隠し部屋に来させていた。 ―――彼は、感情を伝えることも下手で、そして感情の発散も下手なのかもしれない。 ハリーに構って欲しくて絡んでいた時も、今もそうだ。独り感情を押し殺している様を目にすると、どうしても憐憫を覚えてしまう。それどころか、ハリーの方を咎めてしまいそうにすらなる。 最近、ドラコは自分からハリーに絡むのを止めた。それでも、ハリーは辛辣な言葉を投げることを止めないのだ。 ―――そんなに彼が嫌いなのかなあ。 ロンは、膝を抱えるドラコに視線を落とした。確かに自分も以前は彼を嫌ってはいたが、ハリーの嫌い様は首を傾げてしまう程だ。 今は、ロンはドラコを嫌ってはいなかった。ロンが隠し部屋に現れても何も言わないドラコは、時間を取らせていると思っているのか、時々何も言わずにレポート対策のためのメモ等をくれたりする。その行動は、ロンがここに来ることを密かに快く思っている表れではないだろうか。その不器用さや幼さ、そして独りで居るときの彼が持つ繊細な雰囲気に、どうしても放っておけないのだ。 ロンは、何も言わず俯いたドラコの金髪を柔らかく撫ぜた。 感情を押し込め続けて、それから、彼はどうするのだろう？ next |